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育てる

〝 地にたうれたる人は・かへりて地よりをく。"  P1586

 「南無妙法蓮華経」はこの大宇宙の源である。人は、これから離れたり、又は逆らったりして生死を繰り返しては、再びここに戻る。その時、この源は、多くの苦難を乗り越えて蘇生させていく力がある。その力には、真実の法則と確固たる哲学が存在する。単に「祈ればかなうのよ。」的薄さではない。人生の半ば過ぎに出会った私が、今強く思うことがある。
それは、この哲学を、人生の意味を問いかける若き青年時代に、出会い学んで、その後の人生の礎になっていくなら、世の多くの悲惨な出来事は、なくなっていくだろうと。そこに、青年を育てる大きな意義がある。

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疑う心なく

〝我並びに我が弟子・諸難ありとも疑う心なくば自然に仏界にいたるべし″
                         (開目抄)
この御文に触れる時、最初に「疑う」について考えてみようと思う。「疑う」
という状態が生まれるのは、自分が思っている方向と逆の方向の事態が発生し
た時である。今「南無妙法蓮華経」を信じる者が、思っている方向とは何か。
それは、信じることによって、いろいろ守られる・現世が安穏である・大いな
る功徳を受ける・幸いが増す等であろう。それに対して逆の方向の事態が発生
した時、「どうして信心しているのに」という心が生まれる。特に「南無妙法
蓮華経」を信じているが故に苦しい思いをする時は、そう思ってしまう。
 若い頃、よく年配の方に、「人生には3つの坂がある。登り坂・下り坂・ま
さか」という事を教えられた。また、ある人は、「自分の人生はこれまで大過
なく幸せであった。」としみじみ言っていたことを思い出す。いずれにせよ、
自分の人生が安穏であるという保障は誰人にもあり得ない。そこで、「下り坂」
「まさか」の時に、「疑う心なし」における心のあり方を、私は次のように
心に刻んだ。「南無妙法蓮華経への信の強き者を、何の理由もなく、その生命
を閉じさせない」と。人間の「生死」について、そのように心に強く刻み込む
ことができれば、それ以外の諸難に対し、心折れることはない。加えて、苦難
に遭遇した時は、そのことを真っ正面で受け止めて、決して背を向けて逃げな
いことである。人が下り坂を押されて後退していく時、あるいは、まさかの時
に奈落の底に落ちていく途中、「南無妙法蓮華経」を信じる者は、必ずこれ以
上落ちないという底を迎える。その時、背を向けていたら、その瞬間を感じる
ことができないからである。その瞬間を感じ取ることができた時に前進の第一
歩が始まる。今、このことを思う時、戸田先生の獄中でのあるシーンを思い出
す。それは、正当な理由なく2度殴られたとき、3度目がくることを予感し、そ
の時が出獄の時であると確信する場面である。事実そのとおりになった。

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悩むなら

やらないであれこれ悩むより、
どうせ悩むなら、
やってみて悩んだほうが得な気がする。
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嬉しさ

ないものを嘆くより、今あるものへの喜びをかみしめる。
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転換

「+」のエネルギーは、「+」のエネルギーと響きあい、
「-」のエネルギーは、「-」のエネルギーと共鳴し増幅する。
問題は、「-」のエネルギーを「+」のエネルギーに転換できるかである。
これを、宿命を使命に変えるという。
これが、人に「南無妙法蓮華経」を語る所以である。

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使命 ‐その2

使命とは、苦難と歓喜に彩られる。
その現われ難さの中に、その大きさがある。
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使命

 人間が自分の人生のあり方を求めている時、使命を自覚する
人は幸せである。その使命の現われ方によって、
 1)頭の中で思考している時、知る使命
 2)心の中に浮かぶ使命
 3)体の中に刻まれている使命
 4)生まれてくる時、「生命」に抱かれている使命
がある。「生命」に抱かれている使命は、現われにくい。それは、
深海の底で眠っているようなものである。

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  〝 在在諸仏土常与師倶生 ”      (法華経)

 「南無妙法蓮華経」と「日蓮」という人・法2つの「師」に連なりて
息吹を感じる嬉しさよ。なんという至福の時か。「我此土安穏 天人常
充満 園林諸堂閣 種種寶荘厳 寶樹多華果 衆生所遊楽 諸天撃天皷
常作衆伎楽 雨曼佗羅華」の言葉が、「生命」に溶け込んでいく。

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父娘の会話

 先日、今年大学に進学した娘から電話がありました。
娘;お父さん、大学の哲学の授業で「人生を輝かせるものは何か」という課題を出       
 されたんだけれど、お父さんは何だと思いますか。
父;それは、人間の内面の広さと湧き上がるエネルギーだと思う。
娘;どういうこと?
父;内面のエネルギーの大きさが形をつくり、内面の広さがその輝きに彩りをつけ 
る。
娘;うん?
父;よく、偉業を成し遂げた人の「意志の強さ」を語り継がれるけれど、普通の人  
  でも、仕事や社会で何かを形にしようとすると、「意志の強さ」を問われる。
  しかし、「意志」というのは、外から内に向かう方向性を持つため、外のもの
  に揺れ動く。例えば、目の前の障害が大きすぎたときは、「これ以上は無理
  だ」となり、また1つの形ができた時は、「もうこれくらいでいいだろう」とな
  る。
娘;なるほど。
父;それに対し、エネルギーが湧き上がる泉を内面に持ったら、人生において、良い時       も、悪い状況の時も、まさかの時も変わらずに力がこんこんと湧き上がってくる。
  問題は、その泉をほりさげるとき、どの水脈に突き当たるかである。最も大きな水
  脈は、「宇宙の生命エネルギー」という水脈である。
娘;「・・・・」
父;次に、その泉を掘り下げる力は、内面の広さと関係があるようだ。内面の広さが広
  ければ広いほどより深く掘り下げることができる。
娘;内面の広さが、どうして泉の深さと関係があるの?
父;この宇宙の全ての物体や事象には、「INの力」と「OUTの力」が働いている。その
  ため、空間が広いとより大きな力が入ってくるように思う。その入ってきたエネル
  ギーの大きさが、泉をより深く掘り下げる力と働くのだろう。さらに、その広さが
  光に彩りを添える。狭ければ、単に明るいか暗いかになるけれど、より広くなれば
  いろいろな色に発色していく。以上のことをまとめると、人生はその人の内面のあ
  り方によって輝いていくと、お父さんは思っている。  

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日日是幸日

  〝 冬は必ず春となる ”      P1253

この御文は、大地に倒れた者を、勇気づけ、立ち上がらせて前進させてくれる言葉である。この御文を前にする時、私はよく戦後の創価草創の父・母の姿を思い浮かべる。例えば、明日に食べるものがない母が、広宣流布のために出かけて行った帰り道、子供と手をつないで月に照らされた夜道を歩きながら、胸に固くしまって明るく一歩一歩大地を踏みしめた時の御文であろう。人は、少々の苦難は己の力で何とかしようとする。しかし、自分の力ではどうすることもできず、翻弄されて藁にも縋らざるを得ないような状況を迎えた時、「南無妙法蓮華経」に出会う。そして、この御文を胸に抱きしめて、経済革命を成し遂げたり、病気を克服したり、多くの困難を乗り越えていく。私も家庭の経済改革をなさんと過ごす時に、胸に抱きしめてきた御文である。そして、目の前に立ちはだかる苦難に挑み続けていた時、この御文の底に沈んでいる文があることに気づいた。それは、
 〝 冬にありて春の如く ”
である。大変な状況にあって、「南無妙法蓮華経」を信じ、負けじ魂を発揮して頑張り通せば、必ず春を迎えられるのだと固く信じた。そして、日々奮闘している最中に、この言葉が心に浮かんだのである。人が「南無妙法蓮華経」を信じて、努力し続けることは、それ自体必ず「幸せ」という港につくことのできる船に乗っているようなものであると。とすれば、問題が解決する先の事を思って今を耐え忍ぶと思うことから、今という時を大事にと心のあり方をかえた。苦しい苦しいと右往左往しているなかでも、今という瞬間をどのような心で過ごすかがより重要である。そして、「南無妙法蓮華経」を信じる者の冬は必ず春となるのであるから、その大安心感に身をまかせて、春のような心で今という瞬間を生きていこう決意した。その瞬間から、日々の色合いが様変わりした。我が家の経済革命はまだ道半ばである。しかし、「日日是幸日」である。

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