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幸福の姿

〝 設い一字一句なりと雖も此の経を信じる者は
  宿縁多幸なり "         p71

 この御文には2つの大原則が言い表されている。
「宿縁」と「多幸」である。
 前者については、法華経は人間の生は一代限りのものでは
なく、結集して「出づる」と「滅して」拡散するを繰り返す
と教えている。その「出滅」の生の経緯の中で、常に法華経
と縁にすることは、幸福の種子を持つことである。
 次に、現代にあっては、法華経を信じ「南無妙法蓮華経」
を唱える者は、「多幸」という大地に立つことを表わす。し
かし、その大地にどのような形の幸福をつくりあげるかは、
その人の法華経への姿勢が問われる。その1つは、法華経へ
の「信の純度」である。つまり、大宇宙の底部に流れる「南
無妙法蓮華経」の波長と、その人の生命の波長を重ね合わせ
られるかである。2つ目は、「南無妙法蓮華経」の意思に沿う
ことができるかである。すなわち、「毎自作是念 以何令衆生 
得入無上道 速成就佛身」の意思を自分の人生の礎とするこ
とができるかである。

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始まる

〝 蓮華と申す花は果と花は同時なり "
         p1580

形のある世界と形のない世界は一体。
現れるものと現れ難いものは一体。
十界のうち現れる九法界と現れ難い仏界。
現れ難い仏界を開いて、この世の悦びが始まる。


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身のたすけ

〝 人に物をほどこせば我が身のたすけとなる " p1598


 仏の言葉の根底には、法則が存在する。この御文の法則は
と考えてみました。
 自分の(+)のエネルギーで相手を照らすことによって、
相手に(+)のエネルギーを喚起する。相手に(+)のエネ
ルギーが沸き起こって自分を照らすようになった時、自分の
(+)のエネルギーは倍加する。すなわち、1+1=2の法
則式が成立するのである。この時、最も大事なのは、最初に
自分に(+)のエネルギーを生むことであり、同時にその純
度である。ここに、唱題の大きな意義があると考える。

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幸、不幸

池田先生の言葉に、
「他人の不幸の上に、自分の幸福を築いてはならない」
という指針がある。
 これを倫理上から意見が交わされることが多いけれど、
より科学的な側面からその原理を考えてみると、エネル
ギーの相関関係が展開される。
 すなわち、他人の不幸という(-)のエネルギーが充
満している状態を土台として、その上に自分の幸福とい
う(+)のエネルギーが載っている時、(+)のエネル
ギーは次第に(-)のエネルギーに吸収されて、やがて
幸福という形は崩壊する。
 次に、他人の幸福という(+)のエネルギーを土台と
して自分の幸福という(+)のエネルギーがその上に載
っている時、(+)と(+)は相乗効果を生み、(+)
のエネルギーは拡大して、末広がりの方向に進んでいく
のである。
 ここに、仏法は宗教という枠を超えて、自然の法則を
詳らかに解き明かしている姿を垣間見ることができる。

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意義

全ての人間に存在する生命。その生命の力を強くしたり、
その純度を高めるには、法華経への信が必要である。
なぜなら、そこに自らの生命を開く理が存在するからである。
ここに信心の意義が存在する。

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望むもの

法華経を体現しようとする者は、形として現れる。
法華経の神髄を求めようとする者は、現世で身を
飾る形は、望めない。しかし、永遠の生命に溶け
込んで生きていく。

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与える

太陽は、外からエネルギーを与え、
仏は、内からエネルギーを与える。

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発する

仏とは、日のごとし。
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功徳

仏法を信じ、実践する者の功徳の1つは、この世界に存在する
全てのもの、これから生まれる全てのものに、どの様な背景が
存在しようとも、その内面で輝こうといているものを見つめる
心を持つことができることであり、その良さが生かされるよう
に行動できることである。

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「夢」の菩薩のエネルギーの源は慈悲であり、
「寤」の仏のエネルギーの源は太陽である。 
ここに日蓮の名の由来に思いを馳せる。

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